時間の空間化

ベルクソンが『試論』で論じる、本来順序を持たない純粋持続を心の空間に左から右へ並べてしまう習慣。これによって持続が計測可能な対象に擬態する。直線上を移動する点や、時計の針の運動を例に、一連の経験を客観的に把握できるのは離れた位置=空間を介して俯瞰しているからだと説明される。

ベルクソンはこれを「等質的空間の直感」と呼ぶ。動物にないこの能力(知性)があるからこそ、人間は数え・分類し・言語でコミュニケーションでき、社会生活を営める。だがその代償として精神が物のように対象化され、原因と結果の連鎖に絡め取られる。つまり時間の空間化こそが、人間に自由はないと考えがちにさせる決定論の錯覚の元凶とされる。

ジェインズの空間化による意識論と、心的なものを空間へ置き換える操作に着目する点で響き合う。ただしジェインズは空間化を意識の起源(肯定的な誕生)とみなすのに対し、ベルクソンは決定論を生む誤りとみなす点が対照的。