【自由意志】人間に自由意志はあるのか? — リベットの実験

リベットの実験を軸に「自由意志は存在しない」とする脳科学の通説を解説し、反論(自由否定)とホストの結論まで扱う教育動画。

要点

  • libet-experiment では、行動の意思を自覚する約0.3秒前に脳(補足運動野)の活動が始まっている。意思は脳の決定の「後付け」と解釈された
  • 計測装置の精度向上で、脳活動は行動の最大7秒前に始まると判明。自由意志を否定する根拠はより強固になった
  • 動画はコペルニクス(地動説)・ダーウィン(進化論)・benjamin-libet を、人間の自己像を覆した発見の “Big 3” と位置づける
  • 決定論を読ませると不正(カンニング)が増えるという実験があり、科学者は「責任放棄」の広がりに警鐘を鳴らす(determinism-and-moral-behavior)
  • 反論が free-will-veto。脳が起こした衝動を意思が拒否する自由(veto)は残る、という説。ホストは瞑想で鍛えられる可能性を私見として挙げる
  • ただし自由否定すら未発見の脳活動で決まっている可能性があり、科学的には未決着
  • ホストの結論はデカルト「我思う故に我あり」。操り手を覗けない以上、自由の錯覚は当人にとって事実として生きられる

構造化サマリ

リベットの実験

ベンジャミン・リベットの実験が動画の中核。被験者は脳波計と筋電計を付け、好きなタイミングで手首を曲げる。2.56秒で一周する時計を見て、「曲げようと思った」瞬間の位置を後で報告する。

これで3つの時刻が取れる。意思を自覚した時刻、脳波(補足運動野)が活動を始めた時刻、実際に手首が動いた時刻。素朴には「意思 → 脳波 → 運動」の順を予想する。

結果は逆だった。脳波がまず動き、次に意思が生じ、最後に運動が起きる。手首が動いた時刻を0秒とすると、意思は0.2秒前、脳活動は0.5秒前。意思を持つ0.3秒前に行動は決定済みだった。リベット自身が信じられず再実験を重ね、他の研究者も穴を探したが、50年以上覆っていない。

自由意志否定がもたらす問題

動画は「自由意志がない」という信念がモラルを下げる危険を扱う。決定論的な本(フランシス・クリック『驚異の仮説』)を読んだ群は、別の前向きな本を読んだ群よりコンピュータテストで不正をした。

象徴的な逸話として、連続殺人で訴えられた男が「脳内の物理現象で決まっていたので自由はなく、責任は問えない、ゆえに無実」と主張した話を紹介する。裁判官は「すべてが運命なら、私がこれから言う言葉も運命だ。判決を下す。有罪」と返した。

犯罪傾向に遺伝が関わるという話の流れで、犯罪と相関する「遺伝子」の正体を Y 染色体(=男性)だとオチにする半分冗談の演出も入る。提示される倍率(暴行8倍・殺人10倍など)は動画内の主張であり、出典は明示されない。

反論:自由否定(veto)と瞑想

ここから「自由意志はある」可能性に転じる。鍵は [free-will-veto]。脳が衝動を起こすにしても、意思から行動までの約0.2秒に、その衝動を拒否(スーパーキャンセル)する自由が入り込めるのではないか、という考え方。

ホストは個人的仮説として、この veto を強める鍵は瞑想だと述べる。瞑想は脳が勝手に浮かべた思考を認知して手放すプロセスで、自由否定と似る。veto も瞑想もともに前頭前野を使うため、鍛えられる余地があるという理屈。

ただしホスト自身、自由否定すら未発見の脳活動で事前決定されている可能性を認め、断定はしない。

ホストの結論

科学的には未決着とした上で、ホストの立場は「どっちでもいい」。たとえ運命に操られ神のシナリオをなぞるだけでも、操り手もシナリオも当人は覗けない。

ゆえにデカルトの「我思う故に我あり」と同じで、自由だと錯覚して生きられる事実は揺るがない。「あなたの人生の主人公はあなただ」と締める。

登場エンティティ・コンセプト

印象的な引用

あなたの言うとおりすべてが運命で決まっているとしましょう。ですがもしそうなら、私がこれから言う言葉も運命で既に決められているので、私にもどうすることもできません。判決を下します。有罪。

あなたがたとえ操り人形で神様のシナリオ通りこの動画を見ていたとしても、あなたがこの動画で何かを感じ、何かを考え、今この一瞬を生きていることは紛れもない事実です。あなたの人生の主人公はあなたです。