意識のハードプロブレム
物理的な脳の働きから、なぜ主観的な経験(クオリア=赤を見たときの「赤い感じ」、甘いものの「甘い感じ」など)が生じるのか、という問い。デイヴィッド・チャーマーズが定式化した。物理学や神経科学でどれほど詳しく機能を説明しても、その物理過程からなぜ一人称的な感じが出てくるのかには「説明ギャップ」が残る。
代表的な論証が2つ。
- マリーの部屋:白黒の部屋で育ち色を見たことのない神経科学者マリーは、色覚の物理を完全に理解している。だが初めて赤いトマトを見たとき何か新しいことを知るように思える——とすれば、クオリアは物理的事実に還元できない何かを含む。
- 哲学的ゾンビ:物理的・行動的には人間とまったく同じだが、内面(クオリア)がまったくない存在が論理的に考えられる——とすれば、意識は物理に尽くされない。
動画 8uc1uzq2PRc では、心がシミュレーション内で再現できるかを巡り、有力な心の計算理論に対する壁としてこの問題が置かれる。山口は、自由意志の説明ギャップ(無主体的な物理現象からなぜ主体的行為が生じるか)もこれと同型だとする。
意識を主題化する点で、受動意識仮説や量子脳理論と同じ問題圏にある。ただし前野はクオリアごと幻想だとし、ペンローズらは量子効果に答えを求める。チャーマーズはクオリアの実在を前提にギャップ自体を強調する点で立場が分かれる。