赤ちゃんの言語習得が無理ゲーすぎる【赤ちゃんの言語習得】#107
概要
赤ちゃんの母語習得を、当たり前ではなく「無理ゲー」として見直す回。赤ちゃんはまずコミュニケーションの存在、音声が重要な手がかりであること、さらに音のまとまりが概念に対応することを発見しなければならない。ミツバチの8の字ダンス、手話、ヘレン・ケラーの指文字などを例に、記号と意味の対応の難しさを説明する。終盤ではチョムスキー的な先天的制約にも触れ、赤ちゃんが単なる総当たりではなく何らかの制約のもとで学んでいる可能性を示す。
要点
- 赤ちゃんは言語以前に、そもそも「誰かが何かを伝えようとしている」というコミュニケーションの存在を知らないところから始まる。
- 人間の発話では、身ぶり、位置、声の高さ、話速、咳、ゲップなどを除外し、口から出る言語音を重要な手がかりとして切り出す必要がある。
- 音素の獲得では、父母の声質や滑舌の違いを超えて、同じ言語内で同じ音として扱うカテゴリーを作る。
- 音の順番は単語内では意味を変えるが、文中では語順が入れ替わっても意味が近い場合があり、単語と文では別の規則が働く。
- 単語の発見は、音のまとまりが概念に対応するという気づきを含む。ヘレン・ケラーの「water」の逸話がその極端な例として使われる。
- 指さしによる教示も自明ではない。赤ちゃんは指そのものではなく、その先の対象を見るという社会的手がかりも学ぶ必要がある。
- あまりに可能性が多いため、言語習得の制約や先天的な仕組みを仮定する議論が出てくる。
構造化サマリ
赤ちゃん視点で見る言語の無理ゲーさ
冒頭では、話者が赤ちゃん役を演じながら、赤ちゃんに言語を教えることの難しさを笑いに変えて導入する。テーマは赤ちゃんの言語習得だが、単に「どう覚えるか」ではなく、赤ちゃんがどれほど困難な世界にいるかを先に示す構成になっている。
第二言語習得は難しいとよく言われるが、動画では母語習得のほうがさらに困難だと位置づける。大人は言語、学習、説明、単語といった枠組みをすでに持っているが、赤ちゃんはそれらを持たずに始めるためだ。
壁1: コミュニケーションの存在を知らない
最初の壁は、コミュニケーションというものが存在すること自体に気づく必要がある点。人が発する音や動作を、単なる環境音や動きではなく、何かを伝える行為として見なす必要がある。
ここでカール・フォン・フリッシュによるミツバチの8の字ダンスの発見が例に出る。ミツバチの動きに「餌の方向を伝える意味」があると読み取る難しさと、赤ちゃんが周囲の発話に意味を見つける難しさが重ねられる。
壁2: 音が重要だと特定する
次の壁は、数ある手がかりの中から音が言語の主要な変数だと見つけること。話者の身ぶり、位置、身長、状況、表情なども変化するため、赤ちゃんはそれらが意味を変える要素なのかどうかを切り分けなければならない。
手話の例では、手の形、位置、動きが意味に関わると説明される。さらに『ヘテロゲニア リンギスティコ』の異種族コミュニケーションを引き、種族によっては体色変化が言語的な手がかりになる可能性もあると示す。つまり人間の音声言語で「音だけが中心」と見抜くことは、外から見ればかなり特殊な発見になる。
音素カテゴリーと単語内の順序
音が重要だとわかっても、すべての音が言語的な要素ではない。手拍子、咳払い、ゲップなどは発話の周辺に現れるが、通常は言語の意味を担わない。さらに父母の声の高さ、話す速度、滑舌の違いを超えて、同じ音として扱う音素カテゴリーを作る必要がある。
動画では、赤ちゃんが母語の音素カテゴリーを非常に早く獲得すると説明する。6か月ごろには聞き分けに関わる準備が進み、1年ほどで母語の音のカテゴリーが整うという趣旨で語られる。
音の順番も重要な壁として扱われる。「おむつ」と「つおむ」のように単語内では順番が意味を左右する。一方で「犬と遊んだ」と「遊んだ、犬と」は近い意味を持ちうるため、単語を作る規則と文を作る規則は同じではない。
先天的制約という反論
途中で、カントのアプリオリな認識枠組みに近い反論が出る。人間は完全な白紙ではなく、入ってくる情報を統合する先天的な仕組みを持つのではないか、という問いだ。
この流れで、発達心理学や言語学における「制約」の話が導入される。赤ちゃんが無限の仮説をすべて試して排除していると考えるのは無理があるため、何らかの制約を持って生まれているのではないか、という見方が紹介される。チョムスキーの言語本能的な立場も、この文脈に置かれる。
壁3: 単語と概念の対応を発見する
3つ目の壁は、単語や名詞の発明。赤ちゃんは、世界が単語で切り分けられ、音のまとまりが何らかの概念に対応することを見つける必要がある。
ヘレン・ケラーとサリバン先生の指文字の逸話が例になる。最初は手に書かれる文字列を面白い刺激として受け取るだけで、それが人形や水などの対象を指すとは理解していなかった。水に触れながら「water」の綴りを受け取ったことで、記号と対象が対応するという気づきが生じ、そこから単語学習が爆発的に進む。
赤ちゃんへの指さし教示も同じく自明ではない。大人は犬を指して「犬」と言えば伝わると思うが、赤ちゃんはまず指を見る可能性がある。指の先を見るという行為そのものも、学習された社会的手がかりだからだ。
次回への引き
最後に、ここまでの3つの壁が整理される。コミュニケーションの存在、音声の重要性、単語と概念の対応という大枠を越えても、まだ単語習得そのものは完了しない。
次回は、単語を学ぶことがなぜさらに難しいのかに進むと予告される。締めでは番組の通常説明として、ゆるい言語トークであり厳密な校証は行っていない、内容には諸説あると案内される。
登場エンティティ・コンセプト
- noam-chomsky — 言語には先天的・本能的な仕組みがあるとする立場の代表例として言及される言語学者。
- helen-keller — 指文字と「water」の逸話を通じ、記号が概念に対応する気づきの例として扱われる人物。
- karl-von-frisch — ミツバチの8の字ダンスを読み解いた研究者。コミュニケーションの存在に気づく難しさの例。
- infant-language-acquisition — 赤ちゃんが母語を獲得する過程。動画全体の主題。
- phoneme-acquisition — 声質や速度の違いを超えて、母語の音カテゴリーを作る過程。
- language-acquisition-constraints — 赤ちゃんが無限の仮説を試すのではなく、先天的な制約のもとで言語を学ぶという考え。
- symbol-grounding-problem — 音や指文字などの記号が、対象や概念とどう結びつくかという問題。
印象的な引用
「赤ちゃんがどれだけ無理ゲーな世界に生きているのかっていう、逆には言語を習得する上で立ちはだかる壁を7個ぐらい紹介します」
「赤ちゃんにとっての言語習得の壁1。それは、そもそもコミュニケーションという存在を知らない」
「赤ちゃんってのはその意味では、音以外は関係ないっていう特定作業も必要なんですよ」